脱キリスト教カルトの会

キリスト教系カルトに苦しむ人が人生を取り戻すためのブログです

日本人の宗教信仰について

 戦前には日本人は神道を厚く信仰しており、戦中は天皇と御国のために諸外国と戦っていました。
 現在の日本は神棚やお墓参りや初詣で生活の一部に神道の様式が入ることはありますが、神道を全く信仰していません。
 日本人はなぜ神道を信仰しなくなっていったのでしょうか。

目  次

日本人の信仰心の移り変わり

戦前

 戦前の日本人の大半は農業に従事していました。
 その当時の農業は農家の方がいくら卓越した人であって田畑に情熱を注いだとしても、天候や気温や害獣という外的要因の影響が非常に大きく、時期によっては干ばつや台風でやむなく不作に陥ることもありました。
 もし不作に陥って立ちいかなくなった場合は口減らしで子供を都会に身売りしたり、お年寄りを姥捨て山に捨てたり、強盗を働いたり、最悪は一家心中をしたりしていました。
 農家の方々は日々移り変わる天候や気温、急に来る干ばつ・台風などの自然災害を神の仕業と考え、神に田畑を荒らされないように、日々無事に農業生活を過ごせるようにと願い、豊穣の祭りである相撲をしたり、神社に行って賽銭箱に献金をしたり、大黒天様の社を家に飾ったりして、神道を信仰することで不安を解消していました。

世界大戦中

 世界大戦時での日本人の神道の信仰は今までのものとはニュアンスが異なります。
 戦前の神道信仰は元々は農業生活を平穏に過ごしたいという所に根付いていました。
 戦中は政府が「神道の神様である天皇を崇拝して御国に尽くすのが日本人だ」というスローガンを全面的に全日本人に強要、疑問符を投げかける国民は投獄しました。この頃の神道信仰は「国家神道」と呼ばれるほど国民で熱狂していました。日本人は極度の神道信仰により世界大戦で自爆特攻を平然とやってのける等の命知らずの戦いを見せて世界各国を恐怖させました。
 私は戦中の日本人の神道信仰は二つあると考えます。一つは戦前にあった「農業生活を平穏に過ごしたい」という農業的神道信仰と、もう一つは戦中に政府が推し進めていたスローガン「天皇を崇拝して御国に尽くす」という天皇神道信仰。

戦後

 世界大戦で神道信仰により狂気の活躍をしていた日本人ですが、広島・長崎に原爆が投下されて日本が降伏。GHQ最高司令官マッカーサー天皇に謁見、天皇を戦犯として起訴すれば日本の情勢に混乱をきたすと判断して象徴天皇制を強要しました。
 象徴天皇制とは、天皇神道の神様ではなく、あくまでも日本国民の象徴であると位置付ける制度。天皇は日本国民を洗脳した戦争の主犯ではなくなり、あくまで日本国民の一人として数えられるようになりました。それにより日本人の神道信仰の一つである「天皇を崇拝して御国に尽くす」は無効になり、政府は信仰を強要しなくなり、だんだんと日本人の天皇神道信仰は薄れていきました。

メディアの発展

 戦後は天気予報が発達して現代のように天候、温度、台風災害、地震災害を伝えるようになりました。
 (日本の天気予報は1884年6月1日から存在していましたが、当初は暴風の有無を注視しており、まともな天気予報ではありませんでした。)
 テレビ新聞などのメディアが発達し、天気予報を日本国民に伝えるようになります。
 天気予報を知る前の農家の方々は天候や気温や台風を自分のコントロールを離れた超自然的なものとして畏怖し、その畏怖が神道の信仰となっていました。
 天気予報により農家の方々は日々の天気や気温や台風が神の仕業ではなく、あくまで自然現象の一部だと理解できるようになり、日々の畏怖は遠くなって農業的神道信仰が薄れました。
 戦前にあった「農業生活を平穏に過ごしたい」という生死にかかわる切実な願いが、天気予報によって非常に軽度の願いになりました。
 神道への信仰が薄れるにつれ、日本各地にあった相撲祭りが撤廃され、各学校から相撲場が撤廃されました。
 日本が豊かになり農業含む第一次産業以外の食生産に関わり合いのない産業が飛躍的に発展。神道の信仰に触れる機会がなくなっていきました。
 地下鉄オウムサリン事件があり、厭宗教化が進み、宗教の人口が少なくなって閉館・合併される宗教施設が増えていきました。


現代の日本で宗教を信仰するということ

 今の日本人は宗教信仰をしなければ生きていけないということはなくなりました。現代の信仰はあくまで趣味的信仰です。
 そんな日本にあって、キリスト教系カルトに所属していて他の宗教も見てきた私は確かに宗教を信仰している人を何人も目の前に見てきました。
 日本の宗教が推している信仰の形式は不安型です。対人の不安、性の不安、キャリア形成の不安、子育ての不安、家族形成の不安、災害への不安、最近でしたらLGBTQの不安など、人生の中の様々な不安を宗教が信者に提示して植え付け、宗教や指導者や教理を妄信していれば不安を安心にさせられると説いています(説いている教理の内容はあくまで対処療法であり、不安の原因が根絶されるわけではないです)。なので宗教に属する方は基本的には無暗に不安を感じやすく、不安を動機に言動をし、自宗教を思っている間は母の保護で安心し切った子供のような態度になります。

信仰をする人たちの傾向

 あくまで私の例ですが、信者の信仰を大分すると下記のようになります。
・家庭や人間性に不備があって周りの人達に迷惑をかけて不安になるため、免罪符のために信仰をする。
・一般の友人がいないため友達作りで来る。
ナルシシズムを満足させるため、同宗教や周りの人間にマウントするために信仰を実践研究する。
・持病をプラシーボ効果で緩和させるために信仰をする。
・親が信仰していたのでなんとなく自身も信仰していることにしている。
・経典に書かれていることを真実として捉え、真実を研究していくのが楽しい。この傾向の人は何かしろの論理の飛躍・破綻がある。
・偶発的に起きる奇跡と呼ばれる出来事にスピリチュアルなものを感じて固執して信仰をする。

 上記に属さない場合は洗礼を受けて信者になったとしても教会に行くのが長続きしません。
 中には確かに人間的弱さで宗教信仰をしなければ生きていけないだろう人はいます。しかしそういった人間的に弱い人間を保護する役割は宗教が担うべきではなく、本来は地方自治体が担うべき責任だと思います。
 人間性のしっかりした愛情深い信頼できる人間もいます。しかしそういった人格の人間が作られることは宗教構造上本当に稀であり、探しても見つけ辛いです。
 どのような信仰であれ、出来事に対して必要以上に不安を持ってしまって言動がおかしくなったり、理想論に固執してしまったり、都合のいいことだけを信じて聞く耳を持たないようになったり、人間性に著しい問題を持ってしまって社会で問題を頻発してしまったりと、不出来な人間になりやすいです。
 現代の日本人の信仰は、私としては酷く不健康なものに感じられます。

 信仰が厚いアメリカ人クリスチャンが日本で伝導されて真剣にキリスト教を勧めていることがあります。アメリカは倫理がぶっ飛んだ国なので、キリスト教徒というだけでもある一定の倫理基準があると評価され、ひいては仕事に恵まれたり社内での地位が上がったり給与が上がったりと社会的・生得的な利点が得られます。現在の日本では信仰は趣味の範囲なので、アメリカ人クリスチャンは日本人との感性の差が激しく、日本での伝道は難しいとよく嘆いています。


まとめ

 戦前の日本人は農業で暮らしていた。農作物への自然災害に酷くおびえており、自然災害を神の仕業として神道を信仰することで不安を解消していた。日本人の大半が神道を信仰していた。
 戦後の天気予報の発達によって自然災害が予測可能のものとなって不安が薄くなり、神道への信仰が薄れた。
 地下鉄オウムサリン事件で厭宗教の風潮になり、全宗教の人口が目減りしていった。
 現代の日本で信仰を持つということはあくまでも趣味趣向の範囲。生きるためには必要はない。


余談

 オウム真理教地下鉄サリン事件を境に明らかに世間の厭宗教風潮が強まったのですが、最近あった統一教会献金要求に家庭を壊された二世信者の起こした安倍元首相殺害事件も厭宗教の風潮を明確に強めていくんじゃないかと思っています。
 日本の宗教であるPL教団は1953年から毎年8月1日に教祖祭PL花火芸術という規模の大きい花火大会を行っていましたが、近年は段々と規模が縮小していて、2020年・2021年と今年である2022年は大会自体を中止しています。PL教団自体も年々人口が縮小し続けて施設合併を何度かしていますし、資金繰りが怪しくなってしまっているのを何となく感じ取れてしまいます。
 私は皆様には宗教は微塵もお勧めしませんし、厭宗教の風潮が極まれば良いと心底思っていますが、教祖祭PL花火芸術は好きなので、安倍元首相殺害事件で厭宗教の風潮が強まるのには嬉しい反面で多少の悲しい気持ちもあります。